りんごってりんごだけどりんごじゃなくてもいいよねって話




りんごってりんごなんだけど、

りんご自体がりんごなわけじゃなくて

最初にりんごのことをりんごって名付けた人が

りんごって決めたからりんごなだけであって

りんごは別にりんごじゃなくて

りんご以外のなにかだった可能性もあると思うんだよね。

 

 

こういう文章読んでると、りんごってなんだ?

と思ってくる。

むしろりんごというこの文字、これ自体なんなんだ?ってなる。

この「り」って文字、これ本当に りんご の り?

 

うん、知ってるよ。

こういうの「ゲシュタルト崩壊」っていうんでしょ?

 

分かる分かるー

でも、僕はここでこの議論を終わらせたくないの

 

確かにそういうゲシュタルティックな意味での不思議さもあるんだけど

そもそもりんごは別にりんごじゃなくてもいいんじゃねーの?と思うわけ。

 

だって、物事の名前なんていうものは誰かがはじめに

そう決めたから付いたものであって、別の人からしたらそれは違う名前かもしれない。

 

わかりやすくいうと、日本人はりんごをりんごというけど

アメリカ人はアップルじゃん。

 

言語が違うとかそういうことはどうでもよくて、

例えば日本人の子供とアメリカ人の子供がいて、

目の前にりんごがあったとしよう。

 

日本の子は「りんご!」

アメリカの子は「アップル!」

というわけだけど、じゃあそれが間違っているかというとどっちも正しいわけ。

 

物の呼び方なんて割となんでも良くて

自分と周りの人がそれを「それ」だと、

りんごを「りんご」だと認識できればなんでもいいと思うんですよね。

りんごなんて別にりんごじゃなくて「ぺろっちょ」って呼んでもいいでしょ、伝われば。

 

人の呼び名なんかでも同じで、じゃあ僕が初対面の人に

「僕のことはスティーブって呼んでよ」

って言って、周りの人もみんなが僕をスティーブって呼び始めたら

その人たちの中で僕はもうスティーブでしかないよね。

 

実は本名は田中です、って言っても

はあ?なに言ってんだお前はスティーブだろ田中って誰だよwww

ってなる。

 

まあ結局そういうことだよね。

人の認識なんてそんなもので、友達に

「俺明日からお前のこと、ぽこぽこって呼ぶから」

ていうと

「なんだよぽこぽこって!俺佐々木だし」

とか最初のうちは言ってるけど、

一週間ぐらい毎日ぽこぽこって呼んでると

「おーい、ぽこぽこ、今日遊びに行っていい?」

「おー、いいよー」

ぐらいに普通になると思う。

 

結局は近くにいる人と意思の疎通が取れればなんでもいいんでは?

と思う。

だってさ、ここまでこの文章読んでくれた人に聞きたいんだけど

 

「スティーブはぺろっちょをぽこぽこと一緒に食べた」

で言いたいこと分かるでしょ?

 

うん、分かるかもしれないけどカオス!!

今回はこの辺で締めます。

 

言いたかったのは、

誰かにとっての普通は実は普通じゃないかもしれないってこと!!

 

ふざけた感じで書いてきた割りに結構深いな!?

 

 

それではっ!!





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