「普通」であることに価値なんてない!どうせなら、鋭く尖って生きようぜ!!




こんばんは。ひろまるです。

 

今回は、僕の中でずっとくすぶっている、ある二つの相反する感情について書きたいと思います。

それは、

「周りからはみ出さず、無難に生きていくほうがいろいろ楽」

「周りなんて気にしないで、思うように生きたらいいじゃん」

という、だれもが抱えているであろう命題です。

 

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 面倒くさい、現代の日本人の生き方。

今の日本の社会は「はみ出さないこと」が(密かに)求められているように思います。

学校では「変な奴、普通ではないやつ」はハブられる。

会社では、一般的な考え方ができないやつは扱いづらいから好まれない。

それが分かっているから、「普通」であろうと努力する。

「郷に入れば郷に従え」とはよく言ったもので、その集団の中ではその中のルールに従った方が生きやすいのは事実です。

 

でも、本当にそれでいいの!?

 

僕は「普通すぎる」ことが好きではありません。

常識な考え方とか、一般論は理解した方がいいとは思います。だって、端から見ても変な人にはかかわりたくないし…

でも、ちょっと変わったことも好きだったりするんですよね。

例えば、

「早朝や深夜に、誰もいない都内の道でランニングや散歩をしてみる」とか、

「仕事休みの日に、昼間からお酒を飲む」とか、

「週末の夜の定時後から車で出かけて、富士山までドライブしちゃう」とか。

普段の生活には支障をきたさない範囲で、非日常を楽しむ方法なんていくらでもあります。

僕は、そういった事をすることで「普通過ぎない」生活を楽しんでいます。

 

「無難に生きている普通の人」と、「変わってるけど面白い人」、どっちが魅力的?

質問しておいてなんですが、答えは明らかだと思います。

普通すぎる人は面白くない!!(個人的な感想です)

いくら誠実でも、真面目でも、難しい仕事をこなしてくれても…一緒にいてつまらないんです。

 

可もなく不可もなくというか。

安定を求めている人ならいいかもしれませんが、なんか退屈で…

そういう方にとっては申し訳ないんですが、はっきり言って事実です。

同性からも異性からも、正直いって魅力的とは言えないと思います。

多少クセがあっても、ちょっと変わってるぐらいが面白い。

 

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「普通でない」ということに怯えないでほしい。

「思っていることはいろいろあるのに、周りの目が気になってどうしても言うことができない…」

という人は多いと思います。

でも、それが普通なんです。

周りからはみ出すということは諸刃の刃であり、一歩間違えればこれまでの信頼関係を一瞬で失う可能性もあります。

それが怖い方は無理する必要はありません。

 

そのかわり、一生大事にできるような人間関係は築けないと思ってください。

傷つくことがない代わりに、大事なものも手に入らない。

当たり前のことです。

だって、自分は安全なところから眺めてるだけなんだから。

ですが、本心でぶつかったその先には今よりよりよい世界が開ける可能性があります。

 

あなたは、いったいどうやってこれからの人生を生きますか?

嫌われることを恐れ、誰からも嫌われない人生を歩むか、

誰が何と言おうと関係ない、自分な好きなことをして、それに賛同してくれる人と楽しく生きるか?

 

結局、考え方は人それぞれなので、どちらが正解か、というのはありません。

一方的に考えを強要することもできません。

 

でもね、一つだけ言わせてください。

「どうでもいい人に嫌われたって別によくないですか?」

世の中の大半の、自分にとってかかわりのない人にどう思われたって、僕は別にどうでもいいです。

それより、自分にかかわりの深い、同じ志を持った人と深い関係でいることの方がよっぽど価値があります。

普通で無難で、それなりに生きていけるけど、誰から好かれるわけでも嫌われるわけでもない、

そんな人生って楽しいんでしょうか?

あなたが死ぬときに、誰かがあなたの事を思い返してくれるでしょうか?

 

人とのつながりは、きっと人生の縮図。

普通でなくてもいい。

たとえ鋭く尖っていても、自分なりに、自分の好きなように生きるべきだと僕は思います。

 





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