ウダウダ言い訳してないで本気で行動しないとダメだと強く思った夜。




ひろまるです。

 

一緒に仕事をしていた人が亡くなりました。

あんまりこういうことはブログに書くべきではないのかもしれないけど、

思うところもあるので、個人情報を出さないように書きたいと思います。

 

その人とは同じ会社ではなかったけど、取引先の会社の人で、僕とは10年ほどの付き合いでした。

年齢はおそらく50歳前後で見た目も若く、ちょうど半年前「病気で入院するから職場を離れる」という知らせを聞いたきりでした。

 

昔から知っていたとはいえ、いつも一緒に仕事をする関係でもなかったのですが、時には協力し、時には口論することもありながらも、一回り以上年の離れた若造にも誠実に接してくれた方でした。

 

職場での知り合いが亡くなる機会に遭遇したのはこれで3回目になります。

社会人になって十数年、これで3人というのは果たして多いのか少ないのかわかりませんが、今後も確実にこういう機会は出てくると思われます。

 

そして、毎回考えさせられます。

果たして、僕が仮に明日死ぬとして、僕は自分の人生に満足して死ぬことができたと胸を張って言えるだろうか?

 

答えはおそらくNOです。

 

僕は、まだ自分が死なないと思っている。

まだまだ自分の人生には先があると思っている。

だから本気じゃない。

 

やらなくてはいけないこと、いつかやろうと思っていること、

そういうことを一つ一つを積み重ねていくことが自分を成長させる唯一の手段だと分かっているのに

人はその大事さに気がつかない。

いや、分かっているのに行動しない。

 

そして、もうどうしようもなくなった時に思うんだ。

「ああ、あの時こうしていたら」って。

 

そんな風になりたいか?

自分が死ぬ間際に、これまでの行き方を後悔するような生き方をしたいか?

 

僕は嫌だ。

絶対に嫌だ。

 

30年後の未来のために、今を犠牲にして辛い思いをして仕事して、そんな生活楽しいか?

 

僕たちは「今」を生きているのに。

若くて元気で、ある程度の経済力もあるはずの時期に、いろんな経験ができる時「今」を無駄にして。

その先に明るい未来はあるのか?

来るかもわからない「いつか」のために「今の自分」を犠牲にしてないか?

 

そんなことを思う。

別に今すぐ仕事を辞めて世界を旅して回れとか、そんな大層なことじゃない。

 

いつかやろうと思っていること、別に明日でいいやと思っている些細なこと、

それを今この瞬間から始めるべきだと思う。

行動は、必ず自分を成長させる。

 

僕の場合でいえば、

ダイエットだとか、禁酒だとか、筋トレとか、ブログを書くこととか

そういうことだ。

「今日は仕事が忙しかったから明日でいいや」

で済ませている小さな行動ひとつひとつが、今後の自分を少しずつ形成していくことを認識しなくてはいけない。

 

例えば、自分が明日死ぬと分かっていて「じゃあ明日やればいいや」と思うだろうか?

 

人間、いくら疲れていても一、二時間寝なくても死にはしない。

もちろん、そこまで自分を追い込む必要はないが、そのぐらいの本気さを持つことは必要だと思う。

だって、僕たちが明日、絶対に生きているという保証はないんだから。

 

人は、生まれた瞬間から死へのカウントダウンが始まっているという。

そのことからもわかるように、人に与えられた時間は有限である。

であれば、その時間をないように生きるべきだと、今日、強く思った。

 

だから言いたい。

 

ウダウダ言い訳してないで、やれ。

 

 

 

今まで大変お世話になりました。

故人のご冥福を心からお祈り申し上げます。

 





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